PROFILE

こんにちは!心理カウンセラーのYuです。
1982 年7月生まれの蟹座。
ちゃんとした大阪弁を話せない、大阪生まれの大阪育ち。
初見で A 型に見られない A 型です。
21歳で看護学校を卒業し、看護師経験は20年以上。
「生きることが、楽になった」
そんな風に感じられる人を増やしたくてカウンセリングの活動をしています。
【 私の人生を少しだけ詳しく 】
物心ついた頃からすでに自分の人生を諦めていました。
大人になり、カウンセリングを通して心と向き合った今だから「諦めていた」と振り返ることができていますが
当時の私はとにかく強烈なコントロールの中にいて、自分が「自分の人生を諦めていた」とは気づいていませんでした。
ただ、
「間違って生まれてきてしまってごめんなさい」
「私は選ばれない」
「どうせ私は、うまくいかない」
という思い込みは、この時すでに出来上がっていたように思います。
常に両親の顔色を伺い、自分の意思が失われていることに気づくこともないまま幼少期から10代を生き、24歳の時、婚約破棄を経験。
その時、親から言われた「ある言葉」をきっかけにそれまで蓋をしていた自分の感情が溢れ始めます。
婚約破棄を通して親との関係のいびつさ、そして親に対して、怒りの感情まみれだったということに初めて気づくことになったのでした。
生まれてからずっと親のために行動し、親のためだけに生きてきた私。
当時は「親が私に望んでいる姿を察知して、その通りに生きる」そんな生き方を選ばざるを得ませんでした。
私の望みはただ「親に愛して欲しい」「親から愛されたい」でした。
「愛してもらうためにはどうしたらいいんだろう」だけで生きてきた結果、職業も「看護師」を選んでいました。
好きな色も、髪型も、服装も、話す言葉でさえも自分が選んだものではなく
「親が言うから」
「親が喜ぶから」
「親が許してくれるから」
そんな理由で、全部選んだものでした。
そんな風に生きていたら自分が一体何を感じ、何を考えているのかまったく分からなくなってしまって、
気づいた時にはもう、怒りまみれになっていました。
婚約破棄をきっかけに、心にあった開かずの扉を開いてしまったんだと思います。
実はこのように、全く関係の無い事から感情が溢れ出して、本当の心の根っこに気づくきっかけになることは多いです。
このままじゃ引きこもりになるか、親を虐待してしまうと感じて無理やり家を飛び出しました。
初めて親の意見に反抗をして、一人暮らしを始めます。
無職、彼氏ナシ、貯金ナシ。
初めての1人暮らしをきっかけに私の「生き直し」が始まりました。
看護師資格は持っていたものの、命に関係の無い仕事がしたかったので、どうせなら自分がやってみたかった事をしようと、オフィス街のカフェでバイトを始めました。
常にお金がないという生活だったけど、誰にも監視されない、縛られない生活に感動&幸せを感じる日々。
実家に住んでいた頃の私は、どんな些細な選択も、両親の顔色を伺って決めていたことにここで初めて気づきます。
そして、実家を離れてもなお自分の奥深くに「両親の声」が根強く存在し、何か選択する時、無意識のうちに「両親の声」を採用している自分にも気づきました。
とはいえ、物理的に両親から離れて暮らすことで、これまで経験した事ないたくさんの失敗を何度も繰り返し試行錯誤しながら「自分を生きるとは何か」を探し始めました。
そうしていくうちに37歳で10歳年下のイギリス人パートナーと出会います。
ここで愛とは何か、自分を愛するとは何か、本気で向き合うことになりました。
「この人生、終わらせてもいいかな」という思いを、ずっと抱えていた私に「あなたは愛される存在だ」と伝え続けてくれたのが、彼でした。
そして、情緒が荒ぶる私に「カウンセリングを受けるといい」と愛を持って勧めてくれたのも、彼でした。
これが私とカウンセリングとの出会いです。
「愛されていること」
「安心の中で生きていくこと」
カウンセリングを通してそんな「生きる土台」を作り直し始めました。
まさに、人生の生き直し。38歳の頃です。
(彼とはお別れをしましたが本当に大切な人です)
「カウンセリングとは“愛”について学ぶためのもの」カウンセリングを通して生き直すことができた私は、そんな風に思います。
そして、もっと早くにカウンセリングに出会っていれば、あの夢も、この夢も諦めることなかったかも・・・と思うことも。
でも、カウンセリングってまだ日本では一般的ではありません。
「カウンセリングをもっとみなさんの身近に!」
そんな思いを強く持つようになり私もカウンセリングを始めました。
私たちは誰もが生きる力を携えています。でも、生きることが辛い時だってある。
そんな時、自分の「生きる力」に軌道を戻すのに、カウンセリングを活用してほしいと思います。
